11月15日(日)、福岡県にあるカイザリヤ教会の牧師、松田剛牧師をお迎えして、秋のオープンチャペルがもたれました。
松田剛牧師は、小さい時に小児まひになられ、片足が不自由になられました。
絶望と悲しみのどん底にいた時に、教会学校で、イエスキリストのことを知り、キリストの十字架に現わされた神の愛を知ったとき、
牧師の心の中に、平安と喜びと力が湧いてきました。
それ以来、神様の愛を伝えるべく、松葉杖を片手に、牧師となり、駆け回っておられます。
午前10:30からです。
午後からは、13:00より、特別集会を予定。
神様は、わたしたちに、いやしや清め、回復、また様々な力や恵みの祝福を約束しておられます。
お一人お一人が、神様の恵みに満たされますように。
こちらもご期待ください。
2015年11月10日火曜日
オリーブの会(敬老会)
10月29日(日)は、敬老感謝の礼拝とオリーブ会をもちました。
普段、なかなか教会に来れないお年寄りの方も、この日は楽しみにして頑張って来てくださいました。
礼拝では、わたしたちには永遠の希望があること。クリスチャンは、この永遠の希望を待ち望んで歩むので、最後まで生き生きと生きることができることをお話ししました。
体は衰えていきますが、心は、キリストによって日々新たにされながら、強くなることを教えられました。
80歳代のFさんが、「わたしは若いころ、生きる希望を失ったような人生を歩んでいました。でも教会に導かれ、キリストを心に迎えてからは、生き生きと歩めるようになりました。
今は、年々老いを感じますが、日めくりカレンダーに書いてある聖書の言葉が、私を励まし、力づけてくれます。これからも、神様と共に、神様を見上げて歩んでいきます」と力強く語ってくださり、感動しました。
その他の方も、ご自分の思いを短歌にのせて、つづってくださいました。
午後からは、婦人会の方が作ってくださった手作りランチをみんなでいただき、三味線の演奏、踊り「銭太鼓」の披露もありました。
好きな讃美歌や童謡を、みんなで歌って、楽しい、和やかなひと時を過ごしました。
みなさん、いつまでもお元気で!!
2015年10月24日土曜日
オリーブの会(敬老会)
「神に従う人は、なつめやしのように茂り、杉のようにそびえます。白髪になってもなお実を結び、命に溢れ、いきいきとします。」(聖書)
聖書は、「白髪は輝く冠」だと言っています!
それは今まで積み重ねられてきた年輪だったり、様々な試練や苦難を乗り越えてきた証であったり、そして何よりも、神様の恵みの証です。
明日の礼拝では、人生の先輩であるお年寄りの方から、短歌や俳句を詠んでいただき、これまでの人生を振り返って、その恵みを証していただきます。
これが結構、感動しますよ!
また、なつかしい賛美歌や童謡を一緒に歌うことになっています。
聖書では、「老いること」=マイナスだとは言っていません。むしろ、モミジが真っ赤に輝いて、人々を魅了するように、その内面が一番充実し、輝けるときだと言っています。
最後まで生き生きとできる秘訣を学びます。
教会の皆さんの生き生きとした、そして清楚な、そしてかわいらしいおばあちゃんたちの姿を、ぜひ、ご覧ください!
近所の方も、若い人たちも、ぜひ、いらしてください。
●オープン礼拝 「年老いてもなお実を結ぶ秘訣」 10:30~
●オリーブの会 礼拝後、婦人会の方々の手作りのお料理をいただきます!
●踊りと三味線の披露
参加自由。無料です。
2015年10月3日土曜日
認知症サポーター養成講座
津山市の地域包括支援センターのご協力により、「認知症サポーター養成講座」を開くことになりました。
教会は、「ゆりかごから墓場まで」過ごすところです。お年寄りの方が、生き生きと過ごせるように、少しでもサポートできればと思い、企画しました。
家庭や地域でも、役に立つと思います。
認知症を深く理解し、支えあっていくために、市町村の地域包括支援センターの方々が、出前講座をしてくださっています。
是非皆さんも、受講してみてはいかがでしょうか!
10月4日(日) 13:00~14:30
テキスト代 100円
教会は、「ゆりかごから墓場まで」過ごすところです。お年寄りの方が、生き生きと過ごせるように、少しでもサポートできればと思い、企画しました。
家庭や地域でも、役に立つと思います。
認知症を深く理解し、支えあっていくために、市町村の地域包括支援センターの方々が、出前講座をしてくださっています。
是非皆さんも、受講してみてはいかがでしょうか!
10月4日(日) 13:00~14:30
テキスト代 100円
2015年7月12日日曜日
礼拝
今日の礼拝で、このVTRを紹介しました。
小坂忠さんの「勝利者」というゴスペルソングです。
人生の本当の「勝利者」とは、何だろうかと考えさせられます。
苦難がなく、悩みがなく、平穏無事なのが勝利者で、悩みがあったら敗北なのか・・・。
人よりも名声や富を得ることが勝ち組なのか・・・。
この詩は、
「勝利者は、いつでも傷つき、悩みながら、それでも前に進む。
(そして)いつも誰かがそばにいて、
どんな力も神の愛から、あなたを引き離すことがない」
と言っています。
聖書の中に、ステファノという人が出てきます。
この人は、「聖霊と知恵に満ちた評判の良い人」で、「恵みと力に満ちていた」すばらしい人でした。
しかし、それをねたんだ人々によって、ステファノは殺されてしまいます。
しかし、その最後は、「ステファノの顔は、まるで天使の顔のようだった。」
「ステファノは、聖霊に満たされ、天を見つめ、神の栄光と神の右に立っておられるイエスを見て『天が開いて、人の子が神の右に立っておられるのが見える』と言った。」
「人々が石を投げつけている間、ステファノは主に呼びかけて、『主イエスよ、わたしの霊をお受けください』と大声で叫んだ。
それから、ひざまずいて『主よ、この罪を彼らに負わせないください』と大声で叫んだ。」(使徒言行録7:54-60)と聖書は語っています。
このような悲劇的な最期に、このような姿を放つことができたステファノに驚き、衝撃を受けます。
苦難を受けないに越したことはありませんが、その苦難の中で、主を仰ぎ見て、約束のものを手に入れようと前進する人こそ、勝利者ではないでしょうか!
ステファノの生き様と死に様は、私たちの生き方、そして死に方に光を与えてくれます。
わたしたちもいつかは、「死」という試練をくぐらなければなりません。
その時に「勝利者」となる秘訣は、「聖霊に満たされ、天を見つめていること」(使徒言行録7:55)です。
パウロという人は、「艱難も、どんな苦しみも、迫害も、飢えも、裸にされても、剣も、死の力も・・・きりすとの愛から私たちを引き離すことはできない。
キリストにあって、これらすべてにおいて、勝ちて余りがある!」(ローマ835-37参照)と言っています。
そして、「神様は、私たちの味方で、天国への凱旋へと導く」と約束してくださっています。
小坂忠さんの「勝利者」というゴスペルソングです。
人生の本当の「勝利者」とは、何だろうかと考えさせられます。
苦難がなく、悩みがなく、平穏無事なのが勝利者で、悩みがあったら敗北なのか・・・。
人よりも名声や富を得ることが勝ち組なのか・・・。
この詩は、
「勝利者は、いつでも傷つき、悩みながら、それでも前に進む。
(そして)いつも誰かがそばにいて、
どんな力も神の愛から、あなたを引き離すことがない」
と言っています。
聖書の中に、ステファノという人が出てきます。
この人は、「聖霊と知恵に満ちた評判の良い人」で、「恵みと力に満ちていた」すばらしい人でした。
しかし、それをねたんだ人々によって、ステファノは殺されてしまいます。
しかし、その最後は、「ステファノの顔は、まるで天使の顔のようだった。」
「ステファノは、聖霊に満たされ、天を見つめ、神の栄光と神の右に立っておられるイエスを見て『天が開いて、人の子が神の右に立っておられるのが見える』と言った。」
「人々が石を投げつけている間、ステファノは主に呼びかけて、『主イエスよ、わたしの霊をお受けください』と大声で叫んだ。
それから、ひざまずいて『主よ、この罪を彼らに負わせないください』と大声で叫んだ。」(使徒言行録7:54-60)と聖書は語っています。
このような悲劇的な最期に、このような姿を放つことができたステファノに驚き、衝撃を受けます。
苦難を受けないに越したことはありませんが、その苦難の中で、主を仰ぎ見て、約束のものを手に入れようと前進する人こそ、勝利者ではないでしょうか!
ステファノの生き様と死に様は、私たちの生き方、そして死に方に光を与えてくれます。
わたしたちもいつかは、「死」という試練をくぐらなければなりません。
その時に「勝利者」となる秘訣は、「聖霊に満たされ、天を見つめていること」(使徒言行録7:55)です。
パウロという人は、「艱難も、どんな苦しみも、迫害も、飢えも、裸にされても、剣も、死の力も・・・きりすとの愛から私たちを引き離すことはできない。
キリストにあって、これらすべてにおいて、勝ちて余りがある!」(ローマ835-37参照)と言っています。
そして、「神様は、私たちの味方で、天国への凱旋へと導く」と約束してくださっています。
2015年6月6日土曜日
チェンバロコンサート
もう時間が経ってしまいましたが、5/10(日)、チェンバロコンサートがもたれました。
チェンバロは、ピアノの前身となった楽器で、中世のヨーロッパの宮殿などで弾かれました。今のクラシックの曲の多くは、チェンバロで演奏されていました。
神戸中央教会の三宅眞理子さんをお迎えして、チェンバロの演奏を披露していただきました。
華麗な音色の中、優雅なひとときをすごさせていただきました。
チェンバロにまつわる話のほか、手作りのチェンバロの制作秘話、チェンバロを演奏するに至ったいきさつ、曲のエピソード、聖書の話も聞くことができました。
最後は、皆さんと一緒に、賛美歌を歌い、日本の歌を歌い、大盛り上がり。心安らぐひとときでした。
チェンバロは、ピアノの前身となった楽器で、中世のヨーロッパの宮殿などで弾かれました。今のクラシックの曲の多くは、チェンバロで演奏されていました。
神戸中央教会の三宅眞理子さんをお迎えして、チェンバロの演奏を披露していただきました。
華麗な音色の中、優雅なひとときをすごさせていただきました。
チェンバロにまつわる話のほか、手作りのチェンバロの制作秘話、チェンバロを演奏するに至ったいきさつ、曲のエピソード、聖書の話も聞くことができました。
最後は、皆さんと一緒に、賛美歌を歌い、日本の歌を歌い、大盛り上がり。心安らぐひとときでした。
2015年5月6日水曜日
アンネ・フランクの形見のバラ
今年は少し早いのでしょうか?アンネ・フランクの形見のバラが、もう咲き始めました。
このバラは、アンネの父オットーフランク氏から贈られたバラで、
アンネが日記の中で願った「もし神様が長生きさせてくださるなら、わたしは世界と人類のために働きます」と願った平和への願いが込められています。
淡いピンクから、オレンジ色に変化していく、とても美しいバラです。
詳しくは、こちらをご覧ください。
このバラは、アンネの父オットーフランク氏から贈られたバラで、
アンネが日記の中で願った「もし神様が長生きさせてくださるなら、わたしは世界と人類のために働きます」と願った平和への願いが込められています。
淡いピンクから、オレンジ色に変化していく、とても美しいバラです。
詳しくは、こちらをご覧ください。
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